ルカ・モドリッチは、現代サッカーにおいて最も成功したミッドフィルダーの一人だ。彼のキャリアはクロアチアのクラブで始まり、その後に世界最高のクラブであるレアル・マドリードの中心選手となったことで、数多くの栄誉を手にしている。この記事ではそんなモドリッチについて紹介していく。
基本情報・成績
生年月日 | 1985/09/09 |
国籍 | クロアチア |
身長 | 172cm |
ポジション | MF |
利き足 | 右 |
初期のキャリア
ルカ・モドリッチがサッカーを始めたのは、ザダルにある地元のクラブNKザダルである。ここで才能が認められ、2000年にはクロアチアの名門クラブ、ディナモ・ザグレブのユースチームに加入した。
ディナモ・ザグレブでの初期のキャリアでは、ボスニアのクラブズリニスキ・モスタルやインテル・ザプレシッチへのローン移籍を経験。特にズリニスキ・モスタルでの経験は、彼のフィジカル面やプレースタイルを鍛え、後の成功に繋がる重要なステップとなった。ボスニアリーグでのプレーは、彼が「フィジカルの厳しい環境でもやっていける」という自信を与え、若干18歳でリーグの年間最優秀選手に選ばれた。
2005年にディナモ・ザグレブに戻ると、すぐにレギュラーの座を獲得し、チームをクロアチアリーグ優勝に導く重要な役割を果たした。彼は4年間で94試合に出場し、31ゴールと29アシストを記録。キャプテンとしてもチームを牽引し、クロアチアリーグ、クロアチアカップを制覇した。その卓越したプレーにより、アーセナルやチェルシーなど欧州のビッグクラブからも関心を寄せられることとなる。
トッテナムでの成長
2008年、モドリッチはイングランド・プレミアリーグのトッテナム・ホットスパーに移籍。移籍金は当時のクラブ記録となる1600万ポンド(約30億円)であった。当初、彼はプレミアリーグのフィジカルなプレースタイルに適応するのに苦労し、一部のメディアからは「軽量すぎる」という批判も浴びた。しかし、モドリッチはその批判を跳ね返し、徐々にトッテナムでの存在感を高めていった。
ハリー・レドナップ監督の下で、モドリッチは攻撃的ミッドフィルダーから中央のミッドフィルダーに転向し、ゲームのテンポをコントロールする役割を果たすようになった。2010年にはトッテナムをUEFAチャンピオンズリーグの出場権獲得に導き、クラブにとって50年ぶりとなる快挙の達成に貢献。彼の正確なパスと視野の広さ、そしてボールコントロールの巧みさはプレミアリーグでも評価され、他クラブからの注目も集まることとなった。
2011年の夏には、チェルシーからの移籍オファーが届き、モドリッチ自身もその移籍を望んでいたが、トッテナムのダニエル・レヴィ会長がこれを拒否。最終的に2012年までトッテナムでプレーし、計127試合に出場、13ゴールを記録した。
レアル・マドリードでの全盛期
2012年、モドリッチはレアル・マドリードに移籍。移籍金は約3000万ポンド(約45億円)で、彼にとってキャリアの転機となる大移籍であった。移籍初年度は、当時の監督ジョゼ・モウリーニョのもとでなかなか出場機会を得られなかったが、シーズンが進むにつれて適応。次第にチームの重要な一員となっていった。
モドリッチの最大の成功は、レアル・マドリードで迎えたチャンピオンズリーグでの活躍である。2013-14シーズンには、クラブの「ラ・デシマ」(10回目のチャンピオンズリーグ制覇)に貢献。特に決勝戦では、試合終了間際にセルヒオ・ラモスの同点ゴールをアシストし、延長戦に持ち込むきっかけを作った。これ以降、モドリッチはジネディーヌ・ジダン監督の下でチームの中核を担い、2016年から2018年にかけてのチャンピオンズリーグ3連覇に貢献した。
彼はレアル・マドリードで数多くのトロフィーを獲得し、これまでに6回のチャンピオンズリーグ優勝、4回のラ・リーガ優勝、2回のコパ・デル・レイ優勝など、合計27個の主要タイトルを手にしている。これはレアル・マドリード史上最多の記録であり、モドリッチは同クラブの中で最も成功した選手の一人とされている。
個人の栄誉とバロンドール受賞
モドリッチは、数々の個人賞も受賞している。特に、2018年にはバロンドールを受賞し、クリスティアーノ・ロナウドやリオネル・メッシの独占を打ち破る形で、初めて同賞を手にしたミッドフィルダーとなった。この年、彼はワールドカップでもクロアチア代表を決勝進出に導き、自身はゴールデンボール(大会MVP)を受賞している。
また、FIFA最優秀選手賞やUEFA年間最優秀選手賞、さらにIFFHS世界最優秀プレーメーカー賞など、2018年はモドリッチのキャリアにおいて最も栄光に満ちた年であった。これにより、彼はクロアチアのみならず世界中で「史上最高のミッドフィルダーの一人」として称賛される存在となった。
代表キャリア
モドリッチは、クロアチア代表でもリーダーシップを発揮している。2006年に代表デビューを果たして以降、彼はクロアチアの「第二の黄金世代」として、代表を何度も国際大会で牽引してきた。2018年のワールドカップでは、クロアチアを史上初の決勝進出に導き、チームの中心選手として全試合に出場。クロアチアの歴史的な快挙に貢献しただけでなく、個人としても大会最優秀選手に選ばれた。
また、モドリッチは代表において180キャップ以上を誇り、クロアチア史上最多出場選手となっている。2022年のワールドカップでは3位決定戦で勝利し、ブロンズボールを獲得。代表においても彼のプレーは世界的に高く評価されている。
プレースタイル
ここからはモドリッチのプレースタイルについて詳しく見ていきたい。彼のプレースタイルは、ハイレベルな技術力、戦術的な知性、持久力、精神力が基となっている。どのような状況でもチームのリズムを作り出し、攻守両面でチームに欠かせない存在である。
卓越したパスと視野の広さ
モドリッチの最大の強みの一つは、そのパスの精度と視野の広さである。彼は冷静に状況を見極め、場面に応じた的確なパスを供給することが可能。短いパスと長いパスの両方において非凡な技術を持ち、チームの攻撃をリードする役割を果たしている。特に試合のテンポをコントロールする能力が他の選手とは一線を画しており、モドリッチがいることで、チームは試合全体を自分たちのペースで進めることができるのだ。
モドリッチのパスの中でも特徴的なのが、外側の足の甲(アウトサイド)で蹴る技術である。このユニークな技術により、相手ディフェンスの予測を裏切るパスを繰り出し、意表を突く攻撃を展開することが可能だ。このプレーは通常のパスとは違う特異な軌道を生み出し、チャンスを創出する。モドリッチはこの技術を巧みに使いこなすことで、プレーの幅を広げているのだ。
プレッシャー下でのボールコントロールとドリブル
モドリッチのもう一つの際立った特徴は、狭いスペースや強いプレッシャー下でも冷静かつ正確にボールを扱う能力である。彼は相手のプレスを受けながらも、絶妙なタッチと判断力でボールをキープし、状況を打開する能力に長けている。またドリブル技術も優れており、巧みに相手をかわして前に持ち運ぶことで、攻撃のチャンスを作ることが可能だ。
特にモドリッチのボールコントロール能力は、彼が中盤でのプレッシャーを回避し、攻撃を展開する際に極めて重要な要素となっている。正確なボールタッチからドリブルに繋げることはもちろん、ワンタッチ目でスペースを作り出し、味方に良いポジションでボールを渡すためにも大いに活用されるのだ。
持久力とフィジカル
モドリッチは今なおトップレベルでのプレーを続けており、その持久力とフィットネスは特筆に値する。サッカーはフィジカルに負担がかかるスポーツであり、特に中盤の選手は絶えず動き続けなければならない。しかしモドリッチは、その激しい運動量と高いフィットネスレベルを維持し続けている。
彼は試合中、全力のスプリントやタックルを厭わず、ボール奪取後には正確なパスで攻撃を展開する。こうした運動能力の高さが、彼の長期にわたる成功を支えているのだ。
逆境を乗り越える精神力
モドリッチのキャリアには、幼少期に経験したクロアチア独立戦争という悲劇が深く影響している。6歳のとき、彼は故郷を追われ、避難所での生活を余儀なくされた。この過酷な経験が、彼の強靭な精神力を形成したのであろう。彼は逆境に耐え、常に前向きに努力を続ける姿勢を示し続けている。戦争の経験から学んだ「決して諦めない」精神が、彼のプレースタイルにも現れており、どんな厳しい状況でも冷静に対処し、勝利を目指して戦い続けるのだ。
こうした精神力は、ピッチ上での彼のリーダーシップにも表れている。クロアチア代表ではキャプテンとしてチームを引っ張り、2018年のワールドカップではクロアチアを史上初の決勝進出へと導いた。大会を通じて彼のリーダーシップと精神力は高く評価され、最終的にゴールデンボール賞(大会MVP)を受賞するという快挙を成し遂げている。
プレー動画
まとめ
ルカ・モドリッチのプレースタイルは、技術、持久力、精神力、リーダーシップといった要素が高度に融合したものである。彼は、中盤の選手として必要な全ての要素を備えており、そのプレーはチームに安定感と創造性をもたらす。特に、年齢を重ねてもなおトップレベルでのプレーを続けている点は、他の選手には見られない異例の持続力である。
モドリッチは、現代サッカーにおける最も優れたミッドフィルダーの一人であり、彼のプレースタイルはサッカー界において永遠に語り継がれるだろう。